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福岡高等裁判所 昭和35年(ネ)319号 判決 1961年11月07日

控訴人 町田隆介

被控訴人 国

訴訟代理人 中村盛雄 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金一、一二五、〇〇〇円及びこれに対する昭和三二年七月一四日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文同旨の判決を求めた。

事実及び証拠の関係は、控訴人において「一、本訴は直方石炭事務所長井関政延同副長福沢重利両名の各監督義務違反行為(共同不法行為)について、被控訴人の不法行為責任を問うものである。所長井関は独立の行政機関として、また、福岡通商産業局長の補助機関として、副長福沢は井関所長の補助機関として、いずれも坂口八郎の鉱業法第七条違反行為を差し止めるべき監督義務があるにかかわらず、故意にこれを差し止めなかつたところに、右両名の不法行為の成立を主張するものである。(一)坂口八郎の行為は鉱業法第七条に違反し、同法第一九一条により処罰される行為であり、かかる行為が継続して行われる場合、現実にこれを中止するのが、行政権の範囲に属することは、憲法第七三条、国家行政組織法第二条に照らし明らかであり、警察法第二条第一項によれば、それが警察機関の職務権限にも含まれることは否定できないが、しかしそのことから直ちに通商産業省所管の行政機関の職責でないと結論することはできない。(二)通商産業省設置法第二七条には、通商産業局は、本省及び外局の事務(鉱山保安局の事務を除く)のうち、左に掲げる事務を分掌する。十二、鉱業権の設定等に関する出願及び登録その他鉱山に関することと規定し、鉱業法第八三条第二号には、通商産業局長は租鉱権者が施業案によらないで鉱業を行つたときは租鉱権を取り消すことができるとあり、福岡通商産業局石炭事務所組織規定第一条6に、鉱業権(租鉱権を含む)の侵害および紛争の措置に関する事務を分掌するとあることから考えると、坂口八郎の前示違反行為を現実に中止する措置をとることは、第一次的に通商産業局長、石炭事務所長らの職務権限に属するといわなければならない。鉱業法第八三条第二号は前示違反行為の鎮圧取締の職務権限が通商産業局長にあることを当然の前提とするものであり、昭和二八年三月一四日直方石炭事務所の佐竹技官が、坂口八郎の坑口を封鎖して作業中止命令を発した事実は、かかる措置をとる権限が通商産業局長及び石炭事務所長にあることを裏書しているものというべきである。(三)また坂口八郎の違反行為を中止させる措置をとることは通商産業局長の職権であると共にその責務である。凡そ、行政庁はその所管事務を適正忠実に遂行する責務を有することは、行政法の解釈として条理上当然結論できることであり、所管事務を適正に遂行するか否かは全く自由であつて、法令上なんら義務づけられていないとゆうことはできない。すなわち、通商産業局長及び石炭事務所長は、中止措置の職権を有すると同時に法律上その義務を有するのであつて、中止措置をとるか否かの自由裁量を有しない。前示違反行為が行われている場合、これを中止さすべき条理上当然であつて、この場合中止措置をとること以外に裁量行為は存しないからである。(四)もつとも控訴人は、行政庁の所管地内に発生した前示のような違反行為を中止すべき作為義務が、直ちに所轄行政庁に発生すると主張するのではない。本件の具体的事情の下において所轄庁に坂口八郎の違反行為を中止すべき作為義務があるというのである。換言すれば、控訴人が本件鉱区について、租鉱権を設定してその認可申請をなした後、坂口八郎が鉱業権によらないで採炭している事実及びそれにより控訴人の権利が侵害されつつある事実を、控訴人から福岡通商産業局長、直方石炭事務所長、同副長に屡々書面または口頭で申し出、違反行為を差し止めるよう墾請し、右行政機関がその違反行為の存在を明認したにもかかわらず、これが中止措置をとらなかつたところに、行政官吏の作為義務違反があると主張するのである。

二、かりに右の主張が理由がないとしても、井関所長、福沢副長の両名が昭和二八年三月一四日佐竹技官をして一旦坂口八郎の坑口を封塞する措置をとりながら、翌一五日坂口からその撤去を求められると、これを撤去し引き続き同人の盗掘を許した点に、右両名の不法行為があることを主張するものである。

三、また井関、福沢の両名が坂口八郎の鉱業法第七条違反行為を知りながら、これを阻止するため刑事訴訟法第二三九条第二項の規定による告発手続をとらなかつたのは、同人らの義務違反行為である。

四、被控訴人の消滅時効の抗弁に対して。

控訴人が福岡通商産業局長から、坂口八郎の採掘した炭層が四隔炭層である旨の通知を受け取つたのは、昭和二八年一二月一九日で控訴人はその通知に基いて法令等の調査をなした結果、昭和二九年一月六日に井関、福沢の不法行為により損害を被つたことを確認した。そこで控訴人は即日福岡通商産業局長に対し、若松郵便局受附第七四八号内容証明郵便をもつて損害賠償の請求をなしたので、本件損害賠償請求権の消滅時効は同月七日から進行するものとゆうべきところ、控訴人は昭和三二年一月四日若松郵便局受付第二四七号内容証明郵便をもつて、同局長宛にその催告を発し、同郵便物は同月六日同局長に到達したので、時効は中断された。本訴はその後六月内に提起されたので、消滅時効が完成したという被控訴人の抗弁は失当である。」と述べ、甲第一四号証を提出し、当審証人福沢重利、佐竹卓、井関政延の各証言、当審控訴本人尋問の結果を援用し、被控訴人において「控訴人の右主張事実中被控訴人の主張に反する部分は否認する。」と述べ、甲第一四号証は成立を認めると述べた外は、原判決に書いてあるとおりであるから(ただし後記引用の原判決の理由に記載されている所を含め、石炭事務所次長とあるのはすべて石炭事務所副長に改める)ここに引用する。

理由

控訴人の請求が失当であつて排斥を免れない所以は、以下付加する外、原判決説示のとおりである。当審証人福沢重利、佐竹卓、井関政延の各証言は、ますます右認定を強めるものであり、この認定に反する当審控訴本人尋問の結果は信用しがたい。

一、控訴人が本件採掘権について租鉱権設定の認可登録を受けたのは、昭和二八年五月一一日であることは当事者間に争がないので、その前かりに訴外坂口八郎において鉱業法第七条違反の行為をなしたとしても、これに基因し控訴人に不法行為上の損害賠償債権が発生する筋合のものではないから、右の点の請求はすでに失当であるばかりでなく、直方石炭事務所長、同副長(控訴人のいわゆる同次長)ないし福岡通商産業局長は、原判決説示のとおり、鉱業法第七条違反の行為者を勧告説得してその行為を中止させうることはあつても、強制的に中止を命ずる職権ないし職務を有するものではない。このことは鉱業権その他の関係法令の解釈及び鉱山保安法第二四条の反面解釈上明白である(右の所長、副長、局長に強制的中止処分権があると解すれば、その中止処分の対象行為が、かりに第七条違反行為でなく、鉱業権に基く正当な採掘であつた場合には、私人の財産権を侵害することとなるので、明白な規定のないかぎり、所長、副長、局長に中止処分権ありと解することはできない。)また控訴人は直方石炭事務所長及び同副長は昭和二八年三月一四日訴外坂口八郎の坑ロを封塞措置をとりながら翌一五日同訴外人からその撤去を求められて、封塞措置を撤去し同訴外人の盗掘を許したと主張するけれども、前示排斥した控訴本人の供述を外にしてこれを認むべき証拠はなく、原審挙示の証拠及び右当審の三名の証言によれば、昭和二八年三月一四日頃坂口の坑口を封塞したことのないことが認められるので、封塞措置の採られたことを前提する主張は理由がない。

刑事訴訟法第二三九条第二項の官公吏の告発義務は、官公吏の国家公共団体に対して負担するもので、一私人たる控訴人に対して負担するものではないから、同条を基礎とする控訴人の主張は採用のかぎりでない。

前引用の原判決認定事実、当事者弁論の全趣旨、成立に争のない甲第三、四号証によると、控訴人はおそくとも昭和二八年一二月一九日までにはその主張する損害及び加害者を知悉したものとゆうべきであるから、その翌日から起算し三年の間に時効の中断があつたという証左のない本件においては昭和三一年一二月二九日の経過とともに、控訴人の損害賠償債権は時効により消滅したといわなければならないので、控訴人の請求はこの点からしても理由がない。

原判決は相当で控訴は理由がない。よつて民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 川井立夫 秦亘 高石博良)

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